子供の時のことだけれど花のどこが綺麗なのかさっぱり分らなかった。
今でも少し誤解をしているかもしれない。
他の子供達が花に歓声を上げていても大人に喜ばれたくてやっているのだと思っていた。
「どう?」と聞かれても「スゴクキレイ」と答えるようにしていた。
今思えばかなり嫌な子供だ。
父が園芸好きで花は庭先に色々咲いていた。薔薇、ツツジ、藤。
そう言えばザクロや花梨の木もあったんだ。
あれほど花に囲まれていたのに全く良さが分らなかった。

ご飯もあまり好きではなかった。
むしろ米の味が嫌いだった。
パンも嫌いだった。
脂身が嫌いで魚が嫌いで野菜が嫌い。
美味しく食べられるものなんてあまりなかった。
給食を美味しいと食べる子が信じられなかった。
きっと言わされているんだろうと思った。
食べ物なんて全部工場で作った固形物ならいいのに。
カロリーメイトを見てからは其の考えが確信に変わった。

どこをどう通ったのか、紆余曲折あったけれど今では全部ひっくり返っている。
花は綺麗だし匂いもいい。なんなら薔薇の香水の香りで花の形を思い出す。
どうせ食べるなら美味しい方がいい。今では周りからグルメ呼ばわりされる始末だ。
憎しみさえあったピーマンも好物だし、米が無い生活など考えられない。

きっとこんなことを話すと優しい人からは良かったねと言われたりするのだろう。
勿論良かったと思うのだけれど、あの時の自分に話してもきっと分からないとも思う。
過去の自分の変化を素直に喜ぶということに対しては今だに少し捻くれてしまう。

時間が経てば考え方なんて変わっていく。
自分が間違っていたかもと気づいた時に無理に否定することさえ無ければ意外と良いことがある、かも知れない。

パーマと盆栽は捻くれていた方がいい。