「もっと自由な恋愛がしたい」というのを聞いたことがある。しかしよく考えてみるとコレって自分は自由に恋愛したいけれど相手には自由に恋愛して欲しくない。自分のことだけ見ていて欲しいという事と同義じゃないの?と思ってしまう。そう考えるとそれはとても自分勝手な発言のように聞こえる。もしも結婚していてそんな発言をしたとしたら浮気願望と変わらない。それは我慢するから問題ない、などと言われても本心を我慢していることが美徳になっているようでおかしく感じる。そもそも恋愛ってものすごく自分勝手なもので自由もクソもあるものだったろうか。不倫のドラマを見て喜ぶ人達が実際の不倫を責めるのはなんだか只の嫉妬に見える。などと知り合いに話したところで気分を害してしまうかも知れないので言わない。

ドラッグをすると何がいけないのだろう。犯罪組織の資金源になるからというのも勿論あると思うが一番の理由はドラックの影響により事故ないしは誰かを傷つけてしまう恐れがあり最悪の場合人命に関わるからではないのだろうか。もしもそうだとしたらたとえドラッグ所持で捕まった人がいたとしても「まぁでも大きな事故が無くて良かった」と考えるべきだと思うのだけれど悪いという印象や関係のない事象ばかりが取り沙汰されている気がする。そんな話に盛り上がる人達はどれだけ人間が出来ているのだろう。後悔してもしきれない過ちなど無いのだろうか。そうだとしたらそれは凄いことだなと思う。そんなはずはないと心の何処かで思っているのだけれど。これも知り合いに話すと自分が言われているかのように思ってしまうかもしれないので言えない。

こんなことばかり考えてしまうのは捻くれ者だからなのかそれとも流行りの話に馴染めない妬みなのか。いやそれも正直な所チョット違うのだけれど。

こんな風に考えるとき「いいひと」になってみたいと思う。
「いいひと」とは只の優しい人とはちょっと違って仕事ができて金も程ほどあって家庭も全てがうまくいっていて常識もあって幸せな人。その上で振る舞う人の事だと思っている。
全てに満ち足りていることを自分は何故か「いいひと」に求めてしまうのだ。満たされてない部分がある「いいひと」は誰かにとっての「悪い人」になっているのではないかと思ってるからかもしれない。だから「いいひとですね」と言われても「いいえ違います」としか言えない。
そればかりか最後にはまぁどうでもいいかと退廃的な考えになってしまう。

もしも「いいひと」になれるなら嫌味の無い言葉で本当の事が言えるようになる気がする。
そんな人の言うバカって言葉は一体どんな色なのだろう。