世の中には先生と呼ばれる人たちがいる。学校の先生、医者、弁護士、司法書士、税理士、政治家。
一番話して楽なのは弁護士だ。彼らは良くも悪くも正論を知りつつその場に応じた言葉を返す。政治家はいつも夢を語っている。司法書士と税理士は金をわかりやすく言葉で見せてくれる。医者は冷たい。事実を淡々と飾らずに話す人が多い気がする。そして俺が一番苦手なのが学校の先生だ。俺は先生と呼ばれる人達と警察官は独自の言葉を話してると思っている。警察官と喧嘩すると「おいお前!」などとほんとに出てくる。相手を威圧する言葉がうまい。親しかった友人でもこうなるのを見るとまぁそういう言葉のルーチン化みたいなのが起きてしまうのだろう。
じゃあ学校の先生はどうか。彼らは先生語を話す。誰に対しても教え諭すような言葉遣いのことである。正直これが苦手だ。
親友の一人が高校教師になった。やつもたまに先生語を話す。そしてそれが出るたびに俺は文句を言う、俺はお前の生徒じゃねぇと。
「100点やる」「合格点やるよ」そいつに言われても正直あまり腹は立たないんだけどきっと他の人にもやってるだろうと思う。すぐに上からの目線で人を評価しようとするのは普通は嫌われることのはずなのだ。他にも物事を説明するときに保険をかけながら否定されないように説明したりする。そんな表現を先生だからというだけで学校外の人付き合いの中でもいけしゃーしゃーと使うのが納得いかない。そもそも先に教師ですとか宣言して自分の発言に対して保険をかけてたりする。多分もう麻痺してるんだろう。そいつの飲み会にたまに顔を出すのでいろんな先生と話したけれど最初は決まって滅茶苦茶敬語を使われるのだがだんだん地が出てきて、やっぱり先生臭いなーといつも思う。気づいてないんだろうなーとも思う。
先生って仕事は本当に大変だ。多種多様な人格に対しそれぞれにあった道を示してくれる。そこに力を割くために人と話す言葉がルーチン化したり相手を説得できる最大公約数の言葉を選ぶようになるのなのかもしれない。だから仕方ないのだなと理解もできるが、それを世のすべての教職の人に思えるほど俺の心は広くない。

俺は先生語を話す人の周りにそれをツッコむ人がいればいいのになと思う。違う理由で先生を嫌いな人もいるのだろうが、確実にかなりの先生嫌いの人が減ると考えるからだ。でも変わんないんだろうなぁ。公私をわけるってなかなか難しいと思う。
ここまで来て思い出したんだけど実はもう一人、先生語を話していた人がいた。

俺の奥さんは元専門学校教員です。