バックステージパスで通りぬけ楽屋をノックすると彼は一人で座っていた。 バックステージパスで通りぬけ楽屋をノックすると彼は一人で座っていた。
「あー来てくれたんだ。」彼はいつもと同じように弱々しくて自信がなさそうな姿で僕を受け入れてくれた。

「いつもより全然楽屋広いだろ?こんなの今まで見たこと無いよ。水飲む?」スチールのテーブルの上にはローリングKのボトルと水のペットボトルが何本か置いてある。彼はきっと一杯だけ飲んでステージに立つつもりなんだろう。本番前の数分を貰った彼へのインタビューが始まった。

「ずっと自分は特別じゃなきゃいけないと思っていてね。人と違う何か。呪縛に縛られていたんだよ。胃が痛いのも全て受け入れたりしてね。全く馬鹿げたことだったよ」僕はいつも彼へインタビューするときはほとんど何も聞かない。ただ彼が話したいことを話してもらう。後でどうにでも編集できるし僕が聞きたいことよりも彼の勝手に話してくれる事のほうが面白いことを僕は誰よりも知っているからだ。彼は着々とキャリアを重ね今年でデビュー10周年を迎えた。グランジなんて古臭い音楽だけをずっとやり続けてインディーズを5年間も続けた後にメジャーデビュー。今はベースもドラムもサポートになり、たった一人になったくせに律儀にバンド名だけは守っていた。

「カートが『幸せいっぱいになりすぎると退屈だから嫌なんだ。何か妙なことをやらかす程度に神経が病んだままでいようと思う』なんて言いやがってさ。其のくせさっさとあっちに逝っちまったくせにまだその言葉が俺のなかで引っかかってるんだ。最近は大分楽に考えるようになったけどね。まぁ、そのお陰で今ここに居られるわけなんだけどさ」彼は自分の神様を今も大事に信じていて僕は彼のファンでもあるくせに、ただの同じバンドのファンとしてどこか旧友のように思っているところがある。

「全部間違いだったのさ。体を治しても、心を治しても、俺は俺でしか無くてそれ以上のものは何一つない。だけどそれは他人とは十分に違うものだったのさ、音楽をやれるくらいにはね。もっと早く気が付ければ良かったのに。でももっと早くなんてきっと俺には出来なかったんだろうな」彼は40代目前の少し疲れた男の顔をしていた。

 暫くの沈黙。自分の言った言葉を噛みしめるように虚空を見つめていた彼はこちらを向くと話を続けた。
「あー音楽の話しなきゃね。うん、新しいアルバムいいと思うよ。今までに無いっていったらそれだけなんだけど俺ベースの音がね前よりちゃんと聞こえるようになったんだよ。だからライブもいつもよりいいものになると思う」全然記事にできそうにない話を聞きながら彼の目が段々力を帯びてくるのを感じる。やっぱり彼は音楽馬鹿なのだろうと思ったりする。

「アルバムのテーマはね、俺達は地上に居るっていうことなんだよ。天国でも地獄でもないただの地上にね。皆明日になったら死んじゃうかも知れないしあと20年生きれるかもしれない。だけどそこは所詮地上だし、どうせただの人間なんだからどうしようもねぇなって諦め、そんでもってチョットの希望さ」彼の考える希望がなんなのかわからなくて思わず聞いてみると意外な言葉が返ってきた。

「もったいないって思えるかってことだよ。それが希望。俺達はもったいないって感じれるかもしれない何かに向かって生きてるんだ」そんなことを言われてもまだ良くわからない顔をしている僕に彼は手を泳がせながら言葉を続けた。

「例えば刺青があるでしょ。あれなんでカッコイイのかなって考えたらさ、あれ勿体無いんだよ。綺麗な体に色なんか付けちゃってさ。でも其の勿体無いことこそが人間には美しく見えたりするんだよ。ピアスだってそんなもんさ」彼はわざともったいないことをしたいなんて思っているのだろうか、それこそ悲しい何かなんじゃないだろうか、彼のこういう人を不安にさせるような発言をするところが僕は嫌いだったりする。饒舌になった彼は今度はまるで子供のようだ。

「でね、俺は死ぬときにあぁ死ぬのもったいないなぁって思いたいわけ。そう思えるように生きれるかもしれないって考えたらさ、それは希望だなって思うんだよね。だからそれを見つけるためには生き続けないといけないんだよね。で、それを感じれるようにってアルバムの曲を作ったの。だからシングルにしたい曲なんて一曲も無いんだよ。アルバムがひとつ、それで全部さ」

 なんだそういうことか。そう思う僕の耳に『ドッドドッドドドドドドドドド』とベースとドラムの音が聞こえてくる。
「じゃぁ行かなきゃ。ありがとね来てくれて。これ今日のセットリスト。記事はいつもどおり君が思ったままに書いてくれたら全然OKだから!よろしくね」彼はバーボンの蓋を開けるとほんの一口くちに流し込んで楽屋を出て行った。

「ウィーッス」「よろしく!」外から聞こえてくるスタッフの声。
 もらったセットリストに目を通しながら六番目の曲で目が止まる。
「生きてていいよ」

 全く、あいつはなんて子供な奴なんだ。苦笑しながらステージからの歓声が一段と高まるのを聞いた。たったこれだけで記事を書けなんて言うのか、セットリストの順番もよく見たらアルバム収録曲の順番とまったく同じじゃないか。僕のことを一体なんだと思ってるんだ。僕はお前みたいにスペシャルじゃないのに。

 だけどもう僕は彼がいつか希望を手に入れられるはずだと信じて記事を書いてみたいと思い始めているし、それはきっと出来るはずだと思っている。
「とびっきりのを書いてやる」
 僕は観客席に向かって背中を伸ばして歩き始めた。