悪気はないんだろうけど悪意はあるよなと感じる時がある。悪気はその単発の発言ないし行動への配慮で悪意は根底にある妬みかなぁと思う。「悪気はなかったんだ」と言われても、「悪気は無かったのかもしれないけれど配慮も全く無いそれは悪意ですよね」と返したくなる。そして幻滅しその人との距離を考える。

 病気で人の機微に気付かない人も確かにいるけれど、自分の経験したケースではそれとは全然別物のように見えた。
・悪気がなかったんですを完璧に装ってる感。
・いいやこれくらい言っちゃえ感(これが一番多くて、それ悪気あるじゃねーかむしろと思う)
・一緒にいるだけで空気が悪くなる感じを一瞬で作れちゃう感。
・この人って根底に悪があるよなぁ、なんか悪でしょ感。
・自分はそういうの気付けないからとか言い訳をしている感。

 ここ最近の色々な方のノートを見ていて何故か既視感があり、第三者的に読めば読むほどやっぱりそれは悪気は無いかもしれないけれど悪意ですよね。そうか、悪気と悪意を分けたらスッキリするのかという考えに至った。ところが残念なことにこの考えには使い道があまり無い「悪気がないのと悪意がないのは別物だからなぁ」と本人の前でボソッと言うことくらいだろうか。怨念の顔か誤魔化そうとする顔か怯えた顔が見れる三択だと思うのだけれど、そう考えると劇薬な台詞なのかも知れない。そんなことを考えてしまったら余計言いたくなってしまうかもしれない。

 黙ってこれが悪意かと思いながら離れるのが一番賢い選択なのだろうなぁ。