粉の匂いのするおしろいを塗って眉を引いて紅をさす。
襖から顔を覗かせた僕の姿は鏡台に座る姉からは見えているはずだ。それでも表情を崩すことなく、黙々と化粧を施していく、化けていく。体が折れてしまいそうに細い事は開かれた後襟の首でわかる。だけど本当はねぇねが家の中で一番強い事を僕は知っていた。
時折背後から聞こえてくる父様の呻き声。

着物の肩に羽織った布を取るのは化粧が終わった合図。ねぇねが行ってしまう時だ。いつまでも化粧をする姿を見ていたいと思っていた。早く大人になりたいとも思っていた。
──じゃあね。そっと言い残してねぇねは行ってしまう。家の中で一番綺麗な着物をねぇねは持っている。ねぇねが行った後の鏡台には昨日挿していた簪がポツンと一つ置かれていた。部屋にはねぇねの残り香が漂っている。触れてみたかったけれど、なんだか何か悪いことがねぇねに起きてしまう気がして、重く引き摺る襖を閉めた。

──生きるのは綺麗ごとじゃない。ねぇねは笑って言う。
そうだねなんて言う資格が無いから「そうなの?」と聞き返す四文字の嘘。
そんな風に嘘ばかりついて僕は生きている。

この世界をなんと呼ぶのかなんて知らないし、知りたくもない。
早く大人になりたいし、何処かねぇねと遠くへ逃げたい。他には何もいらない。
けれど此の世界は邪魔なものばかりで出来ているし、苦しい事に限って終りは見えない。
それはゆっくりと沈殿していくので毒が生まれて嘘をつくしか無い。

──お金が欲しい?ねぇねは言う。
「ううん、いらない」僕は答える。

ねぇねは笑って「そうだね」って言う。