要はただのテキストバカであってテキストバカすぎて自分が好きな文章が書きたいのかもしれない。AVを見てコレぞ完璧という一本を見つけたからといって生涯そのAVと添い遂げられるかと言ったら決してそんなことはなく「男には自分のお気に入りを探す旅に出なきゃいけない時がある、TSUTAYAに」ふと浮かんだこんな文章も、なんでツタヤを漢字で書かねぇんだとか、最後に書くんだとか感じる人がいるのかもしれないのだけれど、俺はそう書きたかったのだから仕方がないし、こういう言い回しをする人が居るのかもしれないけれど知らないし、こんなに泥臭く書いている文章はあまり見かけない気がするし、そういう人を探すのが面倒くさい。だから自分で書くしか無い。
もしも完全に自分の好きな文章の人がいてその人の書いたものだけで良ければ一生感想文を書いていると思う。

文章を書くというのは時間さえかければこれ即ち只であって非常にお財布に優しい。これは非常に大切なことでありお財布はなるべく開けないほうがいいっておばぁちゃんが言っていた気がする。
俺はもうなんか文章を書いただけで指紋みたいに自分の何かがこれはインターネットであって紙ではないのにそこに滲んでるみたいな感じがしたりもするのも面白いし、やっぱり書いて喜んでくれる人が少しでも居るような気がしなくもなかったりしちゃうのでなるべくなら書いていたいなぁと思うし、こーいう阿呆テキストはここの中だけで置いておいて後で清書しようね俺と言いつつしっかり忘れ去りたい。
とも思ったりする。

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