文章を肴に酒を飲んでいる。
 言葉を読むために飲んでいるのか、酒のために読んでいるのか。そんなことは解らないが、喉の渇いていることだけは確かだ。頭の中には中途半端にギラついた夜の駅。あの火薬の匂いがするような街並み。うなだれた人間だけを乗せた黄色い電車が晒しもののように何処かへと向かう。冷たい風がヒリヒリと顔にあたり自分の居場所などどこにも無い。そんなあの頃のように他人が書いた文章の中に自分の居場所を探している。

 酔っているくらいが丁度良い。すべてのものに含まれる矛盾が重くなった頭に沈んでゆく。薄っぺらかったはずの文字はいつの間にか小さな部屋を作り出し、半ば色を失ったクレヨンみたいな色で世界を映しだす。

 自分の居場所はどこなのか。今こいつは一体何を考えているのか。全てはこの小さな部屋の中で本当に起こっている。たった今人が死んだ。鈍い悲しみがすり抜けてゆく。この世界では何もかもがすり抜けてゆく。すり抜けざまに何か大事なものを奪われていく気もするのだけれどそれが何なのかなんてわかるはずもない。眼は次の文字を欲している。

 時折、体が熱くなる。待ちに待った文章の季節だ。頭では追いきれないほどの速さで部屋が色鮮やかに染まっていく。まるで自分の存在意義を確かめるかのように。今だけはこの部屋は俺のもの。アバラの裏にこびり付いていた感情が心地よい音を立てながら引き剥がされていく。さぁ持っていくがいい。全部持って行ってくれ。気が付けば椅子に座っていたはずの体は立ち上がり、小さな部屋の中を縦横無尽に駆け巡っている。本の中の眼に映る、全てのものを焼き付けるように、どんな小さな傷も忘れないように。

 炎はいつしか必ず消える。小さな部屋が空気に溶けてゆく。そんなものは初めからなかった。軽いため息をつきながら琥珀色の酒を飲む。

 こんなことを続けていたら、いつしか全てが失くなってしまうかもしれない。残るのは骨となった体だけだろう。心も身体も何処かへと連れ去られてゆく。さっきよりもアバラの裏が少し軽くなっている。やはり何かを無くしたようだ。

 オレンジ色のライトが辺りを照らす。あまりにもぞんざいに照らすものだから少しは毒づいてやりたくもなる。

 酒だか本かどっちかにしやがれ。