ケルベロス

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 やぁやぁ、こんにちは。一つだけ聞いてみたいのだけれど一体全体何故お前は俺の胸に巣食うのか。固形でもないくせにまるで癒着でもしているかのように胸の中央にガッチリと居座るのか。俺はお前が誰しも内に秘めているものだということを知っている。だからってそんな所に固まる必要はないではないか。指先の毛細血管のその又先まで、体中に満遍なく霧散していればよいではないか。一体全体何故にそんなふうに一箇所に固まろうとするのだ。
ーー悪意よ

 何をしてもお前のせいで、自分が悪なのではないかという罪悪感に囚われてしまう。自分の考えが誤ってるのではないかと思ってしまう。俺にとって悪意の反対は善意ではない。共存でありバランスなのだ。お前と上手く付き合えるならばそれで良い。お前を追い出そうなんて考えない。善意なんてものでお前と争う気など初めから無いのだ。世の中がつまらない。そんな風に思う事もあるだろう。しかしそれを毒づいて他者の気分まで悪くすることに一体何の意味があるというのか。同調を求めれば救われるのか。

 俺は善意なんてものはお前が作り出す影なのではないかと思っている。悪意があるからこそ覆うべき何かが必要で、それに誰かが名前を付けただけなのではないか。俺が言葉を覚えたとき、お前は善意よりも先に既に俺の中に居たような気がする。実は善意もお前そのものなのではないのか。

 悪意よ、其の存在を具現化することなかれ。宿主の願いを聞き入れ給え。お前が思い知らしめようとさせる憂いなど、お前が居なくたって気付くことはできるのだ。それをお前のせいになどしたくはないのだ。今はお前に話しかける余力すら残っている。己を否定することなかれ。悪に染まる事なかれ。偽善者も偽悪者もいる世の中で生きていく。自身を見失わずに生きて行く。善意と悪意と自分自身が心を喰らい尽くさぬように手懐けながら。

 胸に腕を突っ込んで悪意を引きずり出す。握り潰してまた戻す。手にこびり付いているのはコールタール。重油の臭いが鼻につく。
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