追想の夜 ― ジャングルノート9話

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七章:知られざる夜会

 長くなった私の手記もそろそろ終わりを迎えようとしている。しかし私は書こうと決めたことのうちの一つをまだ書いていなかった。忘れてしまう前にここに書き留めておこうと思う。

 ジャングルの中では誰もがそれぞれのルールで生きている。それは縄張りであったり活動する時間帯であったり。それが種によって異なるのは至極当然なことだと思う。しかし其れらの全てが無視される夜がジャングルにはある。私達は其れをジャングルの夜会と呼んだ。
 夜会が行われるのは新月の夜だ。その日は朝からジャングルは静寂に包まれ、日中に生き物を目にすることは難しい。アリの一匹も見かけず、虫の羽音一つ聞こえないジャングルは一種異様で、その日だけは私達も行軍しない事に決めていた。

 私達にも一応の役目はあった。そのときだけはキャンプの周りに特別な香を焚くのだ。ジャングルに入る手前の村でこれを焚かないと死んでしまうと聞き、相当な量の堅いそれを分けて貰っていた。初めは半信半疑だったものの実際にあれを見た後には香がいつ無くなってしまわないかと心配する程だった。

 なかなか来ないと思っているジャングルの夜更けは日暮れとともにあっという間にやってくる。辺りが暗闇に包まれ、鳥の鳴き声が聞こえてくると私達は夜会の始まりを知った。慌てて香を焚き、松明をすべて消して自身のテントに潜む。樹の葉が揺らしながらジャングルの生きとし生けるもの全てが誘い合わせたようにその姿を現わすのを待つのだ。香を焚いた私達のキャンプには彼等は決して入って来ないだろう。もしも無かったとしたら私達は祭りを彩る生贄となっていたに違いない。

 圧倒的な怒号にも似た声が辺りを包む。大型動物の足音がキャンプのすぐ側をかすめて行く。私はテントの隙間からこっそり外を伺い見る事があった。どうしても衝動を抑えられなかったのだ。夜のジャングル全体がオレンジ色に照らし出されている。あれは何かが燃えているのだろうか。しかし焦げた匂いはなにもせず、炎によるものである筈が無かった。

 得体の知れない光を背に動物達は踊り狂う。四足動物達は後ろ足で立ち上がり獣道をうねり歩く。そこには捕食者も被捕食者も無い。いつもはおとなしいゴリラでさえ咆哮を上げて胸を打ち鳴らしていた。クロコダイルは狂ったように尾で水を叩いているようだった。木の上を何匹もの動物達が飛び交っている。虫の羽音もガリガリと何かを削るような甲高い音で響き渡った。極楽鳥の声は更に彼等を狂わせるように艶を帯びた嬌声を奏でている。

 その日だけはジャングルは一体化した生き物のようだった。人間は息を潜めて夜会の終わりを待つしか無い。狂乱の宴はなんだかとても楽しそうで私は外に飛び出して彼等と共に過ごしたい衝動に駆られていた。私は思う。私が見た光の正体はきっと命が燃えている光だったに違いない。
 思い出しただけでも胸が熱くなる。できる事ならば死ぬ前にもう一度だけあの夜会を見てみたい。夜会だけではない。今も時折ジャングルのあの日々を思い出してはあの場所へと帰りたいと考えている。あんなにも沢山の恐怖を覚えたはずのあのジャングルに。
 これを読んでいる君が興味を持てるのであれば一度はジャングルに行ってみることをお勧めする。それは君の人生観を全て打ち壊し新たな価値観を与えてくれるだろう。人生はカーニバルだ。それに気が付いてしまうのはギャンブルかも知れないが、知りたいと思うのならば早い方がいい。その為にだったら命を賭けることさえも十分に見合うものではないか。
 
 命は良く燃える。それも信じられない程に。
 
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