リベルタス

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 呆けている。大の大人が誰も居ない家で真っ昼間から一人酒を飲んでいる。考えなければいけない事は山ほどあるのだけれどどれも手を付ける気がしない。音楽すら邪魔に思えて窓の外を時折伺いながら日だまりに包まれて只酒を飲むわけである。あははん。

――コンコンコンコ、コンコンココンコン
 と、どこからか聞こえてくる小さな木の打楽器の音。

――コンコンコンコ、コンコンココンコン
 だんだん大きくなってくる音の正体は分かっている。それは壁と天井の繋がりの奥の辺りからこちらに向かってやってくるのだ。

――ドンガラガッシャン、ドンガラガッシャン、ドンガラガッシャン、ドンガラガッシャン
 変わる曲調、ついに登場。
 いつものように目の前に現わすその姿。それは紛うことなき神である。気取ることなくほんの少しだけ後光を背負い、登場曲は和風のくせしてどことなく西洋を感じさせる長身。まるでレオナール・フジタが描いたみたいな顔をした女神だ。

 さぁさぁご覧あれ。右手には葡萄酒をなみなみと称えたグラスを掲げ、左手には広げた分厚い本を持ち、楽隊を背中に引き連れて現れる其の女神を。持っている本が聖書ではない事だけは確かだ。
 俺はね、ハイハイ見ますよ、みたいな感じでね。酒を持ったままで恭しくお迎えする。具現化は思い浮かべる人間に依るのだろうか。それとも俺の願望なのだろうか。黒の下着に天女の羽衣を纏っただけのその姿はよくよく考えると全然神らしくない。単に酒を飲むためだけに現れているとしか思えない。だから酒を酌み交わす。女神と酒を酌み交わす。何も言わずに薄っすらと浮かべただけのその笑みが一体何を意味するのかは判らない。慈愛の眼差しなのか、それとも哀れみなのか。けれどいい。それでいい。

――ドンガラガッシャン、ドンガラガッシャン、ドンガラガッシャン、ドンガラガッシャン
 さっきまで音楽など煩わしいと思っていたのに、この神楽だけはどうにも心地良い。騒音、雑音、儀音。そんなギザギザな音の粒が今ある俺の雑念を打ち消していく。まぁ一応は神なのだからそれくらいはたやすい筈か。

 俺には生き方を指図する神なんていらない。そこら中に居て全てを見守ってくれる神なんて必要ない。棚に積まれた本の一つ一つにもしも神が宿っているとしたらゾッとしてしまう。時たま現れて酒を酌み交わしてくれるこの位が丁度良い。そして今いるこの神こそが望む神。
 俺は、俺が、俺を、俺に、俺の、俺と、俺のために。なんとか自分らしく生き長らえさせていきたい。俺が俺がガガガ、ガガガ。全ては自分のことばかりの我儘で傲慢。けれど俺の神はそれを認め、それを許容し、何も与えないどころか俺の酒を飲んで帰ってしまう。そんなの最高ではないか。

 神酒は力を持っているのだろう。さっきまで何もやる気が沸かなかったのに、わかった、わかりましたよ、やりゃあいいんでしょう、みたいな感じになってくる。あんたが出てきたんだからやるしか無いとなんだか妙に納得させられてしまう。しかし全然悔しいことなどなく、ありがたいもんだなまったくと思う。俺にとって神とは何かを思うきっかけでさえ居てくれたら良い。どうせ俺の人生なんだ。不幸があった時に神のせいになんかしたくない。其れこそが俺の信仰心。

 散々ここまで書いておいてあれなのだけれど全て嘘だ。嘘というこの言葉でさえ嘘だ。虚構の中にも無限は有る。

――ドンガラガッシャン、ドンガラガッシャン、ドンガラガッシャン、ドンガラガッシャン
 わかったよ。ありがとうよ。もう感謝しかねぇ。
 そしていつも一つだけ願ってみる。

 なんか面白いもの書かせろよ。

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