黒豹の歓迎 ― ジャングルノート2話

この記事の所要時間: 3 18

 一章:言葉を話す豹

 何故人間は未開の地に惹かれるのであろうか。そのうち人類は月に行ってみたいなどとまで言い出すかも知れない。安住に努めようとするならば文明が開かれた場所でだけ生きることは極めて合理的であり、死の危険も少ないはずだ。だのにかくいう私もジャングルなどという未開の地に行くことになってしまった。私自身そんな所へは毛頭行きたくなかったのだけれど行けば金をくれるというのだ。フランス政府が随行者に金をくれるという広告を見て仕事の当てのない私は仕方無しに行くことにした。その前金は既に借金の返済に当てられ、私にはもう逃げ場所などない。

 八月八日、遂に私はジャングルの入り口と思わしき森の入口に立った。総勢二十六名。私を除き屈強な者たちも多く結構な大所帯である。私が自身に課したルールは死なないということだけだ。生きて帰る。どんな卑怯な手を使っても生きて帰ってみせる。頭の中には其れしか無かった。近くの村人の案内で連れてきてもらったジャングルの入り口はポッカリと暗い穴を開けている。隊長が今日の行程についての説明やら注意事項を話しているのだけれど全く頭に入ってこない。此の中にはどんな世界が待ち受けているのか。皆考えることは同じなのだろう。各々神妙な顔で森を見つめている。私達は隊長の号令とともに歩き出した。

 森の入り口はまだ明るくて我々を歓迎しているようだった。小鳥のさえずりも聞こえブーツの音が森に響く。二時間ほど歩いただろうか。獣道がよく見えたこともあって少しだけ安心感を持ち始めていたころだった。

「止まれ!」緊張した声がジャングルに響く。指差す方向には一匹の黒豹がいた。木の上からじっとこちらを見ている。散弾銃を構える3人の後ろに固まる我らと黒い悪魔。非常時に最後尾の列は背後への警戒を怠らないように訓練したことも無意味だった。誰もが黒豹に釘付けだったからだ。自分の命の危険から目を逸らすことなど出来なかった。黒豹は木の上で寛いでいる。

「ようこそ、腐れ人間ども。此の森は誰のものでもない。敬い恐れよ。銃も使うな」黒豹は突然流暢なフランス語で話しかけてきた。私達は驚き過ぎて逃げだすこともできない。各々が自分の耳を疑い顔を見合わせる。足はまるで金縛りにでもあったかのようだ。

「黒豹よ、ご高言たまわる。然しそんな心配は無用だ。我らは此の森にとって招かれざる客に見えるかも知れぬが、此処に来ているのは単なる調査目的だ」流石は隊長である。彼は黒豹に向かって勇敢にも語りかけた。

「調査だと。馬鹿も休み休み言え」黒豹は鼻で嗤うと続けた。「調査と言うものは侵略する前に行うものだ。その言葉を使う事でお前らは既に森に喧嘩を売っているのだ。しかしまぁ良い。私にはお前が馬鹿であることが良く解った。教えてやろう。お前らはどんなつもりかは知らぬが此処にお前らをよこした奴らの本当の目的は侵略であり、享楽なのだ」黒豹はニヤリと笑って言った。襲ってくる素振りなど微塵もない。対して私達は怯えている。得体の知れないものに怯え、自分達に絶対的に何かが足りないことを思い知らされているのだ。

「せいぜい楽しめ、命を大事にな」そう言い残すと黒豹は木の向こう側に消えてしまった。
 黙って私達は歩き始めた。黒豹について話す者は誰も居なかった。動物がフランス語を話すなんて其れだけでもおかしいのにそれを言うことさえ憚られる。重い足取りで三時間程歩き続け、やっとの事で少し開かれた場所に出た。キャンプを設営し二交代の睡眠を取る。しかし私は全く寝付けなかった。私を含め多くの者がそうだったのであろう。黒豹の言葉はこの冒険の意味を考えさせるに十分過ぎたのだ。私達は無知だった。振り返ってみると、確かに私達は他人の享楽の為に屡々命を懸けている。それも自分の人生が失敗し始めたと感じた時から。

 その夜、キャンプから二名の隊員が逃亡した。

 

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奇妙な手記 ― ジャングルノート1話

この記事の所要時間: 1 34
  どうして其の本を手に取ったのか全くわからない。吸い込まれる様にして入った一軒の古本屋でベージュ色の表紙をした一冊のそれを見つけた。
 
『ジャングルのせかい』
 古紙の匂いが鼻につき、幾つかの本はまだ紐でくくられてうず高く積まれている狭い店内。誰かが一度見て止めたのだろう。それは表紙を表にしてぞんざいに置かれていた。何故かシルクハットを被り煙草を吹かしているクロコダイルの絵が描かれている。パラパラとめくるとそれ程小さくない活字がビッシリと書かれており、挿絵もほとんど無いため全くジャングルの本という感じはしない。今まで見たこともないようなそれに、ついつい蒐集家の悪い癖が出てしまい、気が付くと紙袋に入った其れを持って店を出ていた。

 此の本に書かれているものは創作なのだろうか、それともジャングルにはまだまだ得体の知れないものが沢山残っているとでもいうのだろうか。現実世界には有り得ないようなタイトルが並んでいる。だのに全く非現実の事が書かれているような感じがしない。もう既に騙されでもしているのだろうか。章立ては次のようになっている。

一章:言葉を話す豹
二章:アリの教え
三章:タバコを吸うワニ
四章:蝶の墓場
五章:逆流する滝
六章:迷い込むライオン
七章:知られざる夜会
八章:この世の果て

 どうだろう。ざっと見ただけでもワクワクしてしまう。週末は此の本をじっくりと読もうと思っている。こんな事をノートに書いているのは最近記憶がとても曖昧で、書いておかないとすぐに忘れてしまうからだ。自分の記憶を紙に残して、自分が生きているという証を残さなければならない。このノートが埋まる頃にはなにもかもがあやふやなこの感じも少しはましになるはずだ。

 この本を読んだ感想も残すとしよう。
 

忘れていく

この記事の所要時間: 2 0

ツイッターのせいで泣いた。個人的には男が泣くことは全く悪く無いと小学校で習って以来全く気にしない方なのだが自分でも少し驚いた。

2017年2月23日、鈴木清順さんの死を知った。知る人ぞ知る映画監督だ。ここ最近メディアに出ることもなかったが自分は清順さんの言葉を投げるbotを購読しており、彼の毒舌を楽しんでいた。作ったのは清順さんのいちファンの方だと思う。

 

 2/23なんて日付まで判るのはこんな事をつぶやいていたからだ。

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清順死んじゃったのかよ。会ったこともないのになんなんだこの感じは”

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好きな人が死んだ日の酒は悲しいくらいに旨い”

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”くそじじいって言われるじじいを目指す”

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”日本映画万歳”
 
ginzasur's avatar
”死んでんじゃねーよって3回は言ったからもういい。 ありがとうございました。”

 人の死は時々、心当たる理由など無いのに納得をさせてくれない。だからこんなのも書いたりした。そして人は忘れていく。バイバイ。

 それから暫くたった一昨日の晩、ふと流れてきたTweetに目が止まった。

”静的な文学世界をより動的な映像世界に変えるのが我々の仕事なんだよ。”

 

 インターネットで毒を吐くのは気を使う。インターネットでなければ更にそうだと思う。その隙きを突くのもまた言葉の使い方だと思うけれど、清順が映画監督の立場でこの言葉を出すという重みはなんかもう無茶苦茶だなぁと思う。あぁやっぱり清順すげぇなぁと感心してしまったのだ。やっぱり彼は愛すべきクソジジイだった。

 数秒後、深夜のスマートフォンに通知があった。 

 ” そうですよ。うまくはめられているんですよ。さからっても、やっぱりやってくるでしょうね。”

 botが喋った。

 泣くだろ、そんなん。

 きっとこんなことも俺は忘れてしまう。だから死ぬ前に残しておこうと思う。 

フェラーリ99’

この記事の所要時間: 2 9
「実は私達付き合ってるのよ」
 他に誰も客が居ないスナックでママからそんな話を打ち明けられた。年は確か40歳のあたりで18歳の娘さんがいる、ちょっと小綺麗な神社に祀られてそうなキツネ顔をした美人だった。
 最近よく手伝いと称してカウンターの中にいる橋さんは確か大手鉄鋼会社の課長だったはずだ。家庭内別居中の奥さんとは冷えきっており、娘さんの話をするときだけは少しだけ饒舌になるような人だった。
 
「そうなんだ。おめでとう」
そのとき二十三才だったはずの俺はママにどう映っていたのだろうか。まるで知り合いのお姉さんが結婚してしまったみたいな落ち込んだ気持ちでカウンターに飾られたF1の模型に目を移した。
 
「皆には内緒ね」
 お祝いの言葉さえろくに言えてないのに今日は良いからとご馳走になった後、まだ夕日に明るい家路を自分の未熟さ加減に頭を垂れながら歩いた。
 
 内緒の筈の話は知らないうちにあっという間に常連客の間に広まっていたけれど、それでもごく一部の客を除いて通うのをやめることはなかった。今ならなんとなく判る、皆きっと他に行けるところなどなかったのだ。あそこはなにかしら心に弱みをもった人たちの吹きだまりだった。思えば橋さんがママの家に転がりこんだあの頃が一番店が活気づいていた時かもしれない。
 
 ーーそれから半年くらいたった頃。突然、橋さんが消えた。
 
 会社にもママにも、仕送り中の別れた家族にさえも何も言わず本当にふっと消えてしまった。ママは暫くの間、毎日泣き腫らした顔でカウンターに待ち続けていた。常連は何事もなかったかのように足繁く店に通った。ママはさんざん手を尽くしたようだったけれど橋さんが店に戻ることは結局なかった。
 
 ある日、自分しかいない開店したばかりの店のなかで「あの人も仕方がなかったのよ」と思い出したようにママが呟くのを聞いた。何が仕方がなかったのだろうか。本当にどうにもならなかったのだろうか。いや俺には解からないけれど仕方ないって言葉はきっとそういう言葉なんだろう。
「そうだね」と言いながらやり場のない気持ちを動かすと赤いF1の模型が目に入ってきた。
 
 カウンターの中に橋さんは居ない。けれど今のこの気持ちはあの日のものに良く似ているなと思った。付き合っていることを告白された日の帰り道の夕焼けの気持ちだった。
 
「あの人、優しいけれど弱かったから」
 
 その日のビールはなんだか少しだけ苦かった。