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九日五月

Posted by ginzasur on
この記事の所要時間: 0 43

 考えを述べているテキストに太字の強調を見かけると違和感を感じることがある。解りやすくするために付けているのだろうが思考の押し付けに見えてしまうのだ。強調したいのならば言葉でしてくれ。そんなときにふと浮かぶ「五月蝿」という言葉。なるほど良くできた言葉だ。

「永い言い訳」という映画を見た。強調が何一つ無い映画だった。だから全く五月蝿くない。物事と登場人物の時間だけが淡々と進んでいく。観る側が何を言わんとしているのか探さなければならない種類の映画のように思えた。

 そんなことをしてしまうものだから観終わった後、思考の中にちゃっかりこの映画の居場所がつくられてしまった。暫く調子の良い鍛冶屋は聞きたくないものだ。

 誰々の演技が上手かったとか下手だったとかそういう種類の映画では無い。

 この映画の主役は監督だと思う。

diary

八日五月

Posted by ginzasur on
この記事の所要時間: 0 35

休み明けの朝の感覚は日常に還るという表現に尽きる。
逃げようと思っても抗えないそれに立ち向かうでもなく、流されるでもなく馴染もうとしている自分がいる。
Ordinary Albertという絵本を読んだ。何処にでもいる普通男。アルバートが普通ばかりの日常に危機感を感じて旅に出る話だ。もしかしたらアルバートではなくアルベルトかもしれない。

旅にはいつか終わりが来る。それが旅先で迎えるものなのかどうかは誰にも分からない。
それこそ今自分のいる場所が旅先なのかどうかさえ解らないこともある。

できることは今を生きることだけ。
休み明けの体はそれをわかっているのかもしれない。

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タンザニア

Posted by ginzasur on
この記事の所要時間: 0 59

何飲む?

高校を卒業したばかりの俺にマスターはどの珈琲を飲むのか聞いてきた。豆の種類など分かるはずもなく、正直に聞くとどんな珈琲が飲みたいのか言えと言う。

あまりあっさりしてないものが飲みたい。

目の前に出されたのはタンザニアという豆の珈琲だった。

ミルクも砂糖も入れず飲んでみると透き通った珈琲の苦味と軽い酸味が口の中に広がった。喉を通り過ぎた後も珈琲の香りが消えない。なるほど珈琲って美味いなと思った。

幾度となく通ううちに珈琲屋のマスターは夢を売る商売だと思うようになった。マスターの話はいつも厭世的で何処と無く現実味を持っていなかった。そのくせ世の中なんとかなるということを身を持って体現している楽天家のようなところもあり、そんな彼の話を聞きに来る客も少なくないようだった。

あれから色々あった、月日も流れた。けれどあの初めての珈琲の味は今もハッキリと残っている。

ありがとうマスター。遠い異国の地であなたの死を受け止めている。今でもあなたを思い出す度にあの珈琲の記憶が蘇るよ。

叔父の淹れる珈琲を超えるものはまだ飲んだことが無い。

diary

七日五月

Posted by ginzasur on
この記事の所要時間: 0 22

昨夜夢の中で誰かと肌を合わせたようだ。

顔も名前も体も何も思い出せない。
そのくせにたしかにそんなことが合ったという記憶だけが抜け殻のように残っている。
まったくなんとも器用な夢を見るものだ。
これで良かったのだと思う自分もいる。

一人寝床から起き出し朝のコーヒーを飲む。
カーテンを開けると少し肌寒くなってきた秋の朝が柔らかい光を庭に届けていた。

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蜂蜜秘密

Posted by ginzasur on
この記事の所要時間: 0 34

さぁそこをまっすぐ通り抜けて
余計なところは絶対に触らないでください
右の壁は敏感で左の壁は不用心です
溢れそうになった所をそおっと指で掬うのが美味しいのです

ほうらそこは駄目だと言ったでしょうに
もとの道に帰って下さい
そうですそこで良いのです
そうですそこがいいのです

ほらほらそこは舐めてはいけませんよ
息を吹きかけてもいけませんよ
ここは酸素が薄いのでとても胸が苦しいのです

全く悪い人ですね
全然言うことを聞かないじゃありませんか
貴方が何処に居るのかわかりますか

そこはわたしの巣なのです
はちみつのことは秘密ですよ