ちょっとでも霊感があって人を騙す力に長けていたら簡単に新興宗教でも始められるんじゃないかと思ったりする。モラルがどーかとか言うつもりは全然ないのだけれどそんな人は死ねばいいと思う。

 二匹目のドジョウはいない。だからある特異なケースをこーすれば成功するよなんて言って万人に広めようとするのは間違いだと思う。広めるという名目でお金を集めているその姿がちょっと醜い。一人が始めるとみんな真似するので出逢いに感謝なんて言葉が流行ったりする。当たり前のことを得意満面に言ってんじゃねーよと思う。そのうち言ってることがどんどん宗教っぽくなってきて間違ったことをやってもファンが支えてくれちゃったりする。怖いのは其の境界線が本人にも周りにも気づきにくいことで、あれ?と思った時は後の祭り。これはインターネット資本主義の逃れられない憂鬱なのかもしれない。
 彼らのやり口に共通しているなぁと思うのは初めから全員は対象にしない。口ではどうこう言っても結局はお金を出してくれそうな人だけをターゲットにしている。そしてそれが広まれば大成功だし最低のランニングコストを出せれば儲けものという考えなのである。あれ?これ普通の商売じゃん。これだと全然悪くない。
 じゃぁ自分は何が嫌いなのだろうと考えると騙されそうな人をターゲットにしているところだと気付く。そこが限りなく詐欺に近いと思うのだ。信者を使ったおかしい布教活動をわざと起こしてムーブメントとか言い出したり、偶然を作ろうとなりふり構わない。サロンに、合宿に、メルマガに、コラボ企画、なんとかへ寄稿という名目の広告。
 結局彼らの本当の成功は信者が集まってからが本番なんだけど、信者たちは過去の成功を学びたいとか勘違いしちゃってる。教祖様は今が一番美味しい時でこの状態が一番の成功なのにね。最近課金コンテンツが簡単に提供できるようになったせいで課金コンテンツと新興宗教の境界線が限りなく薄くなった気がするんだけど気のせいだろうか。

 すごく面白かった人が周りに祭り上げられて教祖化しちゃってつまらない人になるのは凄く残念だ。釣りタイトルが最近増えたなって人は大抵やばい。