子供の頃目覚まし時計をよく壊した。怒られても怒られても気付いたらドライバーを持って裏蓋のネジを外していた。昔は結婚記念の品に目覚まし時計を貰うなんてこともあったから金色のマジックで新郎新婦の名前が書かれた祝のブツは豊富だった。その後の夫婦関係が壊れたかどうかは知る由もないが目覚まし時計は計5個ほど壊れた。壊れた時計は返ってこなかったが、そのうち棚から落ちて針が外れてしまったくらいならば蓋を外して直したりできるようになっていた。他のものでも何処までの分解ならば自分で直せるかの目安が判るようになっていた。失敗なしに成功するなんてなかなかないのだと覚えた。

友情もそうで、初めて会った人とはとりあえず友達になろうとすることにした。思ったはいいがそんなに上手く行くはずがなかった。友達を作ろうとすることは疲れる。人間関係を取るのが下手なので取り敢えず人と話せる機会があるときは話す、なるべくその人が楽しくなることを考えるということだけをやってみることにした。やっぱり色々な友達を無くしたが、こういう人とは仲良くなるのが難しいというのが前よりは判るようになった。この人とは仲良くなれそうだなというのも見えてきた。本当に仲良くなれる人は一握りだけれどたまに話せたり普通の付き合いができる人は格段に増えた。自分には自分のやり方しかないのかもしれない。

最近失敗する事を極端に嫌がる人が増えた気がする。ゆとり教育とかいう変な言葉、あんなのはどうでもいいと思うのだけれど、失敗を極端に恐れることは問題だと思う。失敗するかしないかの境界線を見誤り、より大きな失敗をする可能性があるからだ。できれば大した失敗にならないようなことは自分で失敗したほうが良い。頭で理解したことは全く同じ条件でないと気付けない。自分の失敗が人のためになることも良くある。

友達が全くいなかったという失敗が今になってなかなかいきているなと思った。