遊郭の上から町を眺める。
正月の町は慌ただしい喧騒に包まれ、ここからの眺めもいつもと少し違っている。
煙管に火を置いて世を吹かす。装飾についている龍が今にも天まで登って行きそうだ。賀正の空に昇る紫煙。

この部屋に入ってくるまでの間にあれは一体どんなことを考えているのだろうか。嫌われているようには見えない。もう一年も経つだろう、そろそろ縁も腐りはじめている。これは好いているということなのだろうか。自分でもよくわからない。良くできた弟がいると言っていた。親はどうしているのだろう、きっと聞かない方が良いに違いない。

あれには俺はどう見えているのだろう。そんなことばかりが気になるなんて俺もすっかりヤキが回ったものだ。あと少しで死ぬというのに。やぶ医者が言うに俺はもう長くはないのだという。せいぜい生きることを楽しめと言いやがった。良いだろう。お望み通りに浮世離れした生き方をしてやる。店をたたむことを必死に止める番頭に、わりと多めの金を持たせて暇を与えた。老いた母は姉の所にいる。小さいながら五十年程も続いた反物屋がたった一つこの世から消えていくだけではないか。どうってことはない。残っている金はあれを身請けしてやるには足りるのだろうか。俺が死んだら好きにすればいい。

寒かろうに空にとんびの姿が見えた。お前はどこに飛んで行くというのか。そこは自由なのか。煙管の粉が喉に入ってこぬように煙をゆっくりと吸い込んで吐き出した。

「お待たせしました。申し訳ありませぬ」
襖の向こうからあれの声がする。静かに襖が開いていく。着物の重なりから見える真紅の襦袢が部屋を少しだけ明るくしたようだった。

「あけましておめでとうございます」
賀正。なんともめでたい。良い。すべてがどうでも良いのだ。これと一緒に居るあいだだけはそんな風に考えられる。きっと変わり者だと思われていることだろう。遊郭に来たと言うのに俺はいつでも酒を飲むだけなのだから。病に蝕まれたこの体で何をできるわけもない。これと過ごす時間を飲むために俺はここに通っている。

ーー新年早々忙しいのかい?
思ってもいない台詞が自分の口をついて出てきた。困ったような顔をしていつものように俺のために新しい酒を呼ぶ。なんともできた娘じゃないか。

今日はめでたい日だ。だから俺の我儘な話なんてするのは次にしよう。猪口の酒の縁に着物の袖が映える。辛口の酒が喉を潤す。あぁやっぱりこれでいい。あぁやっぱりこれがいい。下を見ると一台の人力車が向こうの通りへと向かっていくのが見えた。

「今日は何をして遊びましょうか」

町並みから顔を移すと、真っ直ぐな顔をした娘がこちらを見ている。これは困った。そんな顔をされたら困るに決まっているではないか。

ーーしかしお前は美しいなぁ
引き攣る顔でそういうのが精一杯だった。たまらず娘は顔を伏せる。

ーーあけましておめでとう
俯く娘に掛けた言葉は本心だ。色々なことを押し流しながらまた新しい年が始まってゆく。