「症状としては軽い解離性障害の状態ですね」

 手の上に転がる僕の心を診察しながら先生は言った。解離性障害というのは自分が自分であるという感覚が失われてしまうことらしい。確かにここ最近の自分は何処か自分を客観視しているところがある。

「しかし、あなたの場合は特別でしょう」医師は続ける。
「そもそもあなたの心は体から一度離れてしまっています。言ってみれば頭と心の接続が一度切れてしまったんです。そう考えると解離性障害の症状が出る事は当たり前のことで、何も特別なことではありません。精神科ってあるでしょう。あれは頭の病院なんです。ですがここは心形成外科なんですよ」担当医は少し嬉しそうだ。

 話によると心を手術する心形成外科学はまだまだ最近のものらしい。普通は心の肥大による症状を緩和するために手術によってその部分を切り取ったり、成長の過程で発育が遅れている部分に栄養を外部から与えてその部分の成長を促したりするものなのだそうだ。
 もちろん中には先天的に心が普通と違った形の人もいるだろう。僕のこの心のようにいびつな形をした心を初めから持っている人のケースだ。

「その場合は手の施しようがありません。心のクローンはまだ成功していないのです。でも安心してください。正常な心の形をした人なんて全人類の30%もいないのですから」
 先生によると70%の人類は心形成外科を受診した方が良いのだという。先生は心と体を手術のために分離させることがどれほど難しいかを説明しだした。だからこそ事故で心が飛び出した僕のケースは珍しいのだそうだ。普通はその前に死んでしまう。

 この先生はただの話し好きなのかもしれない。しかし三十分も話を聞いたことは僕にとっては無駄ではなかった。
 取り敢えず僕はこの状態を続けるべきだという。失われた心の部分を特定してその時々の振る舞い方を覚えていきさえすればいい。心の失われた部分は隙間を作り出し、心と体が完全にはくっつくことができない。そのため必然的に心の加速が体より遅れてしまうという。つまり物事に対して心よりも頭の方が先に反応してしまうのだ。それは決してマイナスなことばかりでは無く、どんなことにも冷静な対処ができるという利点があるということだった。

「あなたの状態は心形成外科学にとって非常に有益なものです。精神科は頭脳に対しての医学であり、あなたは心に外傷を負ったことによって精神科と心形成外科の両方をつないでいるのです。どうか精神科にばかり頼らないでください。それだけで治る事は決してありません、私も全力を尽くします」
 確かに頭を診てもらってもこの心は治らないと思った。精神科に行くつもりは今のところない。返してもらった心を胸に病院を後にする。無くした心を探せか。

 帰り道、文房具屋に寄った僕は小さなメモ帳とペンを買った。

「食べ物が美味しく感じる」
 最初のページにそれだけ書いてジーパンの後ろポケットに捩じ込む。

 今夜はスパゲティにしよう。

#創作