御前試合は真剣で行なうとの旨が伝えられたのはまさか前日のことであった。
昨今の御前試合では木刀を使うのが当たり前でよほどの酔狂でも無い限り真剣を使うなど有り得なかった。生命を懸けなければならない。そんな大事なことを自分は断ることもできない。征四郎はその夜最後になるやも知れぬ深酒をした。

白州の上に立って初めて、なぜ直前になって御前試合が真剣で行われるようになったのかを征四郎は理解した。相手、秋谷宗則。征四郎が過去に流した女御の亭主だったからだ。御前試合とは名ばかりの果たし合い。きっと宗則の願いだったのだろう。それを知る誰もがこの殺し合いを楽しんでいるのだ。

ーー何処かの師範として召してもらえる良い機会なのではないか。
征四郎は御前試合の話を最初に聞いた時にそんな事を考えて浮かれた自分を斬りつけたかった。たとえこちらが勝っても難癖をつけて殺されるかも知れぬ。全く割に合わない。目の前の男を斬る以外今日を生き延びる道はない。

構えいっ。

征四郎は覚悟を決めた。宗則は下段からの打ち払いが得意だったはずだ。

がちぃいぃん

激しい鍔迫り合いを繰り返し、相手を動けなくする一太刀を双方が狙っている。征四郎は宗則の剣の切っ先が斜めに持ち替えられるのを見逃さなかった。

最後の大きい鍔迫り合い。弾かれる。ここだ。ここしかない。

宗則の下段からの打払いが征四郎の下段からの斬撃と交差する。けれど征四郎の斬撃に剣はなかった。征四郎はとっくに太刀から手を離していたのだ。胸元から取り出した匕首を左手下手にて宗則に投げつけた。それに気付いた宗則が剣先をそらせ匕首を弾く。刀を立ててしまった宗則に征四郎は突き進んだ。

征四郎の右手の刀は宗則に刺さっていた。前に進み続ける征四郎。宗則の身体に深々と刺さる剣の鍔が触れた。
秋谷宗則絶命、享年三十三歳。剣は更に歩を進め肋の隙間をスッパリと切り裂いた。

そこまでっ
征四郎、見事であった。追って沙汰を申す。

死闘に勝利した筈の征四郎にあり得ない言葉が投げかけられる。征四郎は深々と礼をするとその場を早々に立ち去った。白州の上には征四郎の左手指の二本が落ちている。

ギラギラ青く光る刀身から征四郎の剣は飛魚剣と呼ばれたが、そう呼ばれるようになったのはこの日の御前試合によるものだとも伝えられている。

ーーその夜、征四郎はぽっかりと姿を消した。