おそらく高級中華料理店だったのだろうROOM6の古いドアはやけに重かった。もしも情報が漏れているとしたらこのドアは地獄の門だ。うっすら漏れる光はドアが開くにつれて足元を照らしていった。マギと俺が部屋に入ると他の11人もまだ来たばかりのようだ。20:58、誰もが少し顔をこわばらせている中、会議は厳かに始まった。

ドクターは俺とマギに早く円卓につくように促すとさっそく本題に入った。

「サカは病死だ。私が看取った。肺気腫の一種だと思われる。もともとそれが原因でこちらの世界に入ってきたわけだし、おかしいところは何もなかった。気管支拡張剤さえもう少し手に入れば死ぬことはなかったかもしれない。久々にこうしてみんなが集まったばかりだがまずはサカに祈りを捧げたい。黙祷」

黙って目をつぶる。饐えた油の香が残る部屋の中に得体の知れない沈黙が流れていく。サカは病気で死んだ。大切な仲間の死因にホッとするなんて俺の頭はどうかしている。サカ、こんなおかしい世界から俺たちを残して先に逝ったんだな。いつかまたそっちで会おう。ありがとう、サカ。

彼は俺たちの中でも一二を争うの古参だった。俺達のような世界政府から生きる場所を追い出された者達の集まりはこのエリアだけでも10を超える。全部でいくつあるかなんて想像もできない。その昔、別々だったとある2つの組織がドクターと呼ばれる男を中心に1つになった。サカは別の組織出身だったがドクターを支え、組織に尽くした。どこからか行動が漏れているかもしれない今、サカを失うことは正直痛過ぎる。

「皆ありがとう。俺はこれを機に引退しようと思っている。今日はそのことについて話し合いたい」黙祷が終わり、ドクターは淡々と話し始めた。

何を無茶なことを言ってやがる。そんなの無理に決まっている。何事にも疑心暗鬼にならないと生きていけない世界で組織をまとめるということがどれほど難しいことか。そう考える側から罵声上げてドクターに詰め寄るバカがもういた。ミゲルだ。触発された馬鹿共が近くに敵が居たら間違いなく気付かれる声を上げ始める。お前らは不安で吠えているだけだ。そんな事をしても何もならない。俺はこいつらのこういう頭の悪いところが大嫌いだった。

席を立ってガンケースの蓋を開け黙ってミゲルに照準を向ける。気が付いた奴らから順々に声が失われていくのを見るのは爽快だった。ミゲルとはもともとあまりウマが合わない。今更嫌われたところでどうということは無い。

ーーいいだろ、これ。今日はこれを皆に売りたいんだ。もちろん弾丸も充分にある。早い者勝ちだ。とても状態が良いんだよ。ここで一回でも撃てばこいつのボルトアクションも見せられるんだが。ドクター話の腰を折って済まない。

ドクターは黙ったまま俺に銃を下げるように手でいなすと彼が引退を考えるに至った理由を話し始めた。 ここ数年、いくつかの他の組織から合併を持ちかけられている。生き延びるために共同戦線を張りたいと言うのが彼らの言い分だ。だが本音は違う。潜伏時の物資確保を増やしたいことに尽きる。ここにいるメンバーは物資の探し方、隠し方に精通しており、薬や化学物質に精通する者がいる。俺たちにメリットは無い。そんな状態である以上、物資調達の為の人員は双方から出すとしても、こちら側の必要物資についての最低保証は譲るわけにはいかなかった。ちょっと考えれば誰にでも想像がつくことだ。

「結果話し合いは決裂し今に至っている。そういった交渉事の全てをずっとサカと二人でやってきた。薬のこと以外何もわからない俺が曲がりなりにも長としてやってこれたのはあいつのおかげだ。相手に凄まれることもある。組織同士の戦争になりかけたことだって一度や二度じゃない。サカはそういうことを本当にうまくまとめてくれたんだ。彼の居なくなった今、俺達の組織には代替わりが必要だ。もちろん引退って言ってもここを抜けようってわけじゃない。まずは次のアタマになる奴と暫くの間行動を共にして俺の持っている組織の長としての知識を色々教えようと思う。引退したって薬についての知識はまだまだお前らよりはあるつもりだ。これからも口うるさい相談相手ぐらいに思ってくれたらいい。引退理由は以上だ。異論がなければ長としての最後の仕事として次の後継者を発表したいと思う」

完璧だ。誰も文句のつけようがなかった。こんなにリーダーにふさわしい人間が他にこの中に居るなんて思えない。

「ダートを次の長とする。これはサカと決めた。決定事項だ。異論のあるものは悪いがここを出ていってくれ」

俺は後継者として自分の名前が呼ばれたことをどこか遠くに聞いていた。事前に何も聞かされていない。酷いじゃないかドクター。眼の前のミゲルが憎々しげな顔でこっちを見ている。首を横に振るしかできない俺の顔は誰の目からも間抜けに映ることだろう。この組織以外で俺を受け入れてくれるところがあるとは思えない。拒否権なんてどこにも無い。

ーー銃に弾丸を込めていなくて良かった。

真っ白になった頭の中でそのセリフだけが繰り返されていく。